バーボンカスク“リンス”問題

バーボンカスク“リンス”問題

〇品質が落ちるのはシェリー樽だけではない。熟成樽の裏側で今、何が起きているのか?


1.はじめに

〇近年、バーボンカスクに施される“リンス工程”が、スコッチウイスキーの熟成に予期せぬ影響を与えていると指摘されています。

ウイスキー熟成に欠かせない「樽」。これまではシェリー樽の使用歴やリフィルの可否が主な話題でしたが、近年はバーボン樽における“リンス”工程に注目が集まっています。この“リンス”とは、バーボンを取り出した後の樽に水を入れて軽くすすぐ工程。コスト削減やアルコール回収の目的で近年多くのアメリカ蒸溜所が採用しており、その樽はスコッチ業界を含む世界各国に広く流通しています。

しかしこのリンス工程は、シングルモルトの熟成結果に予期せぬ変化をもたらしているとの指摘もあり、業界内外で議論が分かれているのが実情です。


2. バーボン樽リンスとは何か?

〇リンスとは、空樽に水を入れて中の残留ウイスキーを抽出する工程で、アメリカでは主にコスト効率の観点から採用されています。

通常バーボン蒸溜所では、熟成後に空になった樽から残ったウイスキーを「少量の水」で抽出します。この液体はアルコール度数(proof)調整などに再利用されるため、蒸溜所にとっては効率的な工程です。ヘヴンヒル社によれば、リンスにより1樽あたりおよそ2ガロン(7.5L)分のウイスキーを回収できるといいます。

問題は、こうして**“水でリンスされた樽”が、スコットランドなど他国の蒸溜所に情報なしで流通している**ことです。一見同じ「ファーストフィル・バーボンカスク」に見えても、リンスされたかどうかで熟成結果が異なり、仕込み時点での予測や設計が難しくなるという声が出ています。


3.熟成結果への影響:実証された変化

〇リンスされた樽は、バーボン由来のバニラや甘味の抽出が弱くなる傾向があり、実際に熟成結果の差が実証されています。

Compass Boxの創業者ジョン・グレイザー氏や、元マッカランのブレンダーであるダヴァル・ガンジー氏は、2013年以降この現象に注目し、リンスあり/なしのバーボン樽による熟成の違いを実験しています。

結果は明確でした:

  • 香りの甘さに違いがある
  • バニリンなどのウッド成分の抽出量に差がある
  • 色の出方も異なる

これらはすべて、熟成中の“樽の影響力”の差に起因しており、特にファーストフィル特有の力強さを期待していた場合には「想定よりもおとなしい熟成」と感じる可能性があると報告されています。


4.規模と透明性のギャップ

〇小規模蒸溜所ほど、リンス済み樽の影響を強く受けやすく、情報開示がないことも課題です。

大手蒸溜所やブレンダーは、さまざまな樽をブレンドして最終製品のバランスをとることが可能ですが、小規模事業者では“1本の樽”が製品全体に与える影響が大きくなるため、リンスされた樽の混入が品質管理に直結する場合があります。

さらに、現在のバレル供給ルートでは「この樽がリンス済かどうか」の情報開示が義務化されておらず、多くのスコッチメーカーが“目隠し”のまま熟成に入らざるを得ない現状もあります。


5.変化にどう向き合うか:ブレンダーたちの対応

〇一部のブレンダーは、すでにリンス樽の性質を活かす設計や、別の樽戦略で補完する方法を模索しています。

Compass Boxはすでに対応策を講じており、アメリカで特注の新樽を作り、スコットランドで1年間グレーンスピリッツを寝かせてから長期熟成に使用するなど、バーボン樽の味わいを補う独自戦略を構築しています。

また、リンスされた樽による「よりスピリッツ主体の味わい」を活かした新商品“Orchard House”を2021年にリリース。これまでの重厚なオーク感に代わる新たな方向性を示す挑戦も始まっています。


6.リンス樽問題をどう捉えるか

〇オールドボトル時代のバーボンカスク熟成は、現代とは異なる樽処理の恩恵を受けていた可能性があり、そこに価値の源泉があると私たちは考えています。

だからこそ、過去の製法で造られたウイスキー、特にリンス処理が広まる前のオールドボトルには、現代では再現しにくい熟成の魅力が宿っていると言えるでしょう。それは、単なる“古いウイスキー”という意味を超えて、「その時代にしか出せなかった風味」を楽しめる貴重な存在です。

私たちは、この問題を「善悪」や「正誤」としてではなく、“熟成設計に必要な情報が不透明なまま、味のブレが起きやすい状況”と認識しています。

また、オールドボトルのバーボンカスク熟成品は、こうしたリンス技術が導入される前の時代に造られたものであり、現代では得難い風味の特性を残している可能性があります。そうした背景もふまえて、現在と過去のボトルに込められた環境の違いと価値を、丁寧に伝えていきたいと私たちは考えています。


7.おわりに

〇「樽の処理方法」という目に見えない変化が、ウイスキーの味わいと価値に大きく影響する時代に私たちは立ち会っています。

カスクの「処理方法」は、決してシェリー樽だけの問題ではありません。バーボンカスクにおいても、香味のニュアンスや樽の管理手法が時代とともに変化してきており、それは現代ウイスキーの多様性を生み出す一因でもあります。

ウイスキーの奥深さとは、まさにこうした“見えない裏側”に気づくことでもあると私たちは考えています。

 

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