10年後のウイスキーはどうなる?

10年後のウイスキーはどうなる?

〇気候変動・資源問題から見る未来と現在の価値


1.はじめに

ウイスキーは、自然と時間が生み出す繊細な飲み物です。大麦、水、酵母、木樽という自然由来の素材が、何年、何十年という時間をかけて変化し、味わい深い一杯へと仕上がります。そのため、ウイスキーは気候や社会情勢の変化と無縁ではいられません。昨今の地球規模での気候変動や資源の制約、環境に関する新たな社会的要求は、今後のウイスキーづくりに大きな影響を与えると予想されます。本稿では、それらが与える影響を整理し、改めて「今のウイスキーを味わう意味」について、当社の見解としてご紹介いたします。


2.気候変動と大麦供給の未来

〇大麦の品質と収量は、気候変動の影響を最も直接的に受けやすく、ウイスキーの根幹に関わる重要な問題です。

四季のはっきりした日本や韓国、中国などの東アジアでは、季節の移り変わりを通じて気候変化に対する感覚が自然と身についています。しかし、世界の気象の変化はすでに一部地域で極端な事象として現れており、気温の上昇、豪雨や干ばつ、海流の変化、さらに農業の安定供給にも影を落としつつあります。ヨーロッパでも40度を超える猛暑日が続き、実際に一部地域では大麦の生産量が40%以上減少したという報告もあります。

ウイスキーの製造に使われるモルト(大麦麦芽)は、品質が風味を左右する非常に重要な要素です。将来的にこうした高品質な大麦の安定供給が困難になれば、製品の味わいや価格にも影響が及ぶ可能性があります。特にオールドボトルの時代に用いられていた原料は、気候変動の影響が少なかった時代に育てられたものであり、今とは異なる風味を持つこともまた、その魅力の一部と言えるでしょう。


3.穀物を取り巻く社会的な視線の変化

〇今後、穀物の用途に対する倫理的・社会的な制約が強まれば、ウイスキー原料の確保にも影響が及ぶ可能性があります。

世界的な気候危機や食糧問題を背景に、穀物を飲料製造に用いることへの倫理的・社会的な議論も広がりつつあります。すでに一部では「主食となる穀物を嗜好品に使うこと」そのものへの批判が見られ、今後は持続可能性や食料安定供給を重視した制約が強まる可能性もあります。

仮にそうした方向に社会が動いた場合、ウイスキー産業が現在のような形で穀物原料を潤沢に使用し続けることは難しくなり、調達コストや風味の設計にも影響が出ることが懸念されます。


4.樽素材の問題とカスクの未来

〇高品質なオーク材、特にシェリーカスク用のヨーロピアンオークは、今後ますます入手困難かつ高価になると見込まれています。

ウイスキー熟成に不可欠なオーク樽、とりわけシェリーカスクに使われるヨーロピアンオークは、環境負荷や伐採規制の強化によりその調達が年々難しくなってきています。スペインやフランスでは、シェリー用のカスクに使われるオークの供給量が減少し、価格が高騰する傾向にあります。

これにより、今後は高級なシェリーカスク熟成ウイスキーの製造コストが上昇し、手に取りづらい存在になっていく可能性もあります。今まさに味わえる“本物のシェリーカスク熟成”のウイスキーが、将来的にはより希少で特別な存在になっていくことも考えられます。


5.環境負荷と蒸留産業への新たな要求

〇蒸留工程から熟成保管まで、ウイスキー生産は今後ますます「環境コスト」を問われる対象となっていくでしょう。

ウイスキーは、蒸留、熟成、ボトリングといった各工程において、エネルギーと資源を大量に消費する産業でもあります。特に熟成期間が長いウイスキーほど、保管にかかるエネルギーや環境へのインパクトも大きくなります。

近年では製造過程で発生する温室効果ガス、特に二酸化炭素やイサンターン(ethanol-related CO2)の排出量にも注目が集まっており、ヨーロッパでは一部で課税や規制の動きが加速しています。将来的には、長熟ウイスキーが高価格帯である理由が「環境負荷に対する対価」として理解される日が来るかもしれません。


6.副資材と包装コストの上昇

〇天然資源の高騰により、瓶やコルクといった副資材の安定供給とコスト維持も難しくなる時代が近づいています。

コルク、ボトル、キャップといったウイスキーの容器や包装資材の原材料も、世界的に供給が不安定になりつつあります。特にイタリアやポルトガルで採取される天然コルクの価格上昇は顕著で、ウイスキー産業にも影響を与えています。

副資材の価格が上がることで、特に小規模蒸留所では生産コストを吸収しきれず、価格転嫁や製品仕様の簡素化が避けられないケースも増えると見られます。


7.まとめ:変わりゆく時代のなかで、“今”の価値を考える

このように、ウイスキーを取り巻く環境は10年という短いスパンでも大きく変わる可能性があります。原料、資材、工程、社会的認識──すべてが少しずつ変わり、今までと同じウイスキーが造れなくなる未来は決して非現実的ではありません。

だからこそ、現在味わえるウイスキー、特にかつての環境下で丁寧に造られたオールドボトルには、“その時代だからこそ成立した味わい”という価値があると考えています。

ウイスキーが自然と社会の影響を受けて変わっていくからこそ、今ある一杯に目を向ける意義がある─それが私たちの見解です。

 

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